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JUGEMテーマ:読書
タイトルから、コミカルで気楽な短篇小説集を想像していたのですが、違った。全く違った。すごいですこれ、今のところ私にとっては今年一番の書。深みがあってキレもある、これぞ短篇小説!という感じでした。非常に読み応えのある長編小説ができそうな素材をふんだんに使って丁寧に調理した上で、そこから思いがけない部分だけをさっと取り出してみせたような贅沢で濃密な作品揃いなのです。しかも、そこかしこに印象深いフレーズが散りばめられています。は〜、好き、これは好き、大好き。
事故当時のチェルノブイリで原子力エネルギー局の技術主任をしている男、ブリタニアの国境で軍務についている古代ローマの書記官、ナチスドイツのアーネンエルベに所属しインド=ゲルマン語族の起源調査の一環としてチベットでイエティーを探している学者、19世紀中頃オーストラリア中南部を行く探検隊を指揮する男、マラトンの戦いに従軍するアイスキュロス、世界初の女性宇宙飛行士としてロケットに搭乗するソ連の女性、フランス革命時国王や王妃の処刑を担当した死刑執行人サンソンといった興味深い人物たちをはじめ、ハイスクールのアメフトチームの選手や、酷いサマーキャンプに参加中の子どもなどなど、当人になりきった語りによる物語集です。そのなりきりぶりが素晴らしく、本当に手記を読んでいるような、当人から話を聞いているような気分になります。
事故や災害、戦争、革命、探検などといった特殊な状況に関わる特別な人の話であっても、そうでなくても、人間の内面のもやもやした部分は変わらないというか、変わらないもやもやしたものが、様々な状況のなかで描かれているというのか。もやもやしたものを抱えた人々が、なりゆきのままに望ましくない状況に置かれている物語たち。誰もが酷いサマーキャンプに無理やり参加させられた無力な子どものよう。どうしようもない無力さ、寂しく辛いもやもやしたものが、物語という形で差し出されたような作品揃いで、もうほんとたまりませんでした。どの物語も愛しい。
「ローマは兄を弟と、父を息子と敵対させることで世界を征服してきた。<略>兄を弟と、父を息子と敵対させる。なにしろ、こんな簡単なことはないのだから。」
これは比喩だとしても、そういう兄と弟、父と息子といった近い肉親間の、愛情だけではない複雑な感情、近くて遠い関係から生まれるもやもやしたものが描かれている作品が多かったです。兄弟のエピソードには著者の精神的に不安定だった兄とのことが盛り込まれているそうで、それぞれのキャラクターにそんな風に著者自身が織り込まれているからこそ、より一層リアリティが生まれているように思います。
ひょっとしてタイトルで誤解して手を出さずにいる方がいらっしゃるんじゃないかと心配。でも、私はタイトルで面白そう!と、思って手を出したんだった……。