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死が眠りであるならば、わたしは死の夜、おだやかな眠りにはいりたい。おもえたちはわたしの悪夢とならないでくれ。生れ落ちもしないうちに虚無界に棄てられたと、わたしを呪わないでくれよ。それでは、おまえたちは、どうか、おまえたちの孕まれた世界へいって、そこに落ちついておくれ。ひとりの魂がこの世に持ちまわった歓びと悲しみ、その希望とあらがいの影のように。
わ、わー、なんだかご無沙汰でございます。
あああーこの本を是非どなたかにご紹介したいー!という思いにしばしばとらわれながらも、なかなか思うように時間がとれないとうか、なんとなく小忙しくもだらだらとしたというべき日々をすごしてしまっておりました。なんとか、少し時間が取れるようになったので、そんな、あああーこの本を是非どなたかにー・・・・!な本を少しご紹介させてください。
彩流社から出版されている『スペイン伝説集』なるものをまず読んだのですが、これは、19世紀に活躍し、若くして世を去ったスペインの国民的詩人ベッケルの手によって、各地の伝承に基づいて書かれた少々怪奇な短編集です。これが非常に素晴らしかったのです。「真にロマンティシズムの感覚を感得した」と言われる叙情詩人の手になる、美しくも恐ろしい物語の世界にうっとり浸ること14話、読み終わるのが惜しい気持ちで書を閉じて知ったことには、この詩人による作品が、なんと岩波文庫に入っているではないですか。
内容は『スペイン伝説集』とかなり重複していますが、そちらには含まれていなかった作品が4篇(3篇は、伝承をもとにした作品ではないようですが)入っている代わりに、「神を信ぜよ(カタルーニャに伝わる古い物語歌)」、「ムーア人の娘の洞窟(ナバラの伝説)」、「悪魔の十字架(カタルーニャの伝説)」、「黄金の腕輪(トレドの伝説)」、「しゃれこうべのキリスト(トレドの伝説)」が含まれていませんでした。美しい貴婦人を巡って、恋のライバルとなった親友同士が、いよいよ決闘となった際に起こった奇跡と、鮮やかな結末がいい「しゃれこうべのキリスト」とか、「口づけ」ほどではないにしても、ベッケルの彫像好きぶりが伺える上に結末の恐ろしさにゾッとさせられる「黄金の腕輪」などがないのは残念ですが、ベッケルの魅力を十二分に堪能できる13話が詰まっています。
そこで狩をしてはいけないと言われている泉で、鹿を射止めた若者が、泉の底に垣間見た緑の瞳に心奪われ、ついには身を滅ぼす、泉鏡花の文章で読みたいような、美しくも恐ろしい水妖譚「緑の瞳」、空想がちな若者が、月夜に見かけた女性の姿に心奪われ、その姿を追い求めているうちにその正体に気づいてしまう「月影」、運命こそ交わることがなかったものの不思議な巡り合わせをした女性についての物語「三つの日付」、騎士の娘に恋焦がれる家臣の息子が、その娘のためにと、幻のような白い鹿を捕らえようとするも悲劇的な結末を迎える「白鹿」、キリスト教を憎悪するユダヤ人商人の父親を持った娘が、キリスト教徒の男性と愛し合うようになったがための悲劇「受難華」、ある貴婦人を象った美しい大理石の彫像に心奪われた大尉が、酔いに任せてその彫像に口づけしようとした際に起こった怪異「口づけ」、身分を隠していた高貴な身の男性からの誓いの言葉を信じ、待ち続けた女性の恐ろしいような、悲しい情念を感じさせられる「誓い」、万霊祭の夜には亡霊が歩き回ると言われている恐ろしい山へ、自分に心寄せる若者に、わざと失くし物を探しに行かせた女性の身に起こった恐ろしい出来事「亡霊の山」・・・・などなど。
平明な『スペイン伝説集』に比べ、訳も詩情があって、読み応えがありました。これで一冊660円って、岩波さん、大好きだ〜!!
1977年に出版されたという神代修訳の『ベッケル、スペイン伝奇作品集』は、短編、物語の全訳だそうなので、入手できれば、こちらも読んでみたいところです。
夜はその黒い影をくりひろげ始めていた。月は泉のおもてを静かに流れ、夕靄は、風のいぶきに、舞ながら立ちのぼっていった。緑色の瞳は、透明な水面を走る鬼火のように、薄闇のなかに輝いた。
「さ、おいでください、はや、はや」