2018.03.25 Sunday
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小川は反射照明で、正面をまず撮ったが、右側面の、折り曲げている腕の線に気づくと、思わず圧倒された。いままでは誰も、その角度から眺めたり、写真を撮ったひとはいなかった。処女のようなはじらいを持った右腕は、指先を静かに曲げて、頬に当てている。そこに微笑の唇と半眼の眼が待っていた。全体の姿のなかで、この側面を美しく捉え得るレンズの角度は、一箇所、一点しかなかった。いま、五十円の郵便切手に使われている、半跏思惟の影像である。
奈良にいると、他国のひとはみんな不安になるのだ。ここは黄泉の国ではないが、廃都なのだ。志賀は奈良のどこをとっても、名画の残欠のように美しい(※)と云ったが、その美しさがかえって不安を駆り立ててくる。自分も他国のものだと呟きながら、そんな風に思ったりした。
※「兎に角、奈良は美しい所だ。自然が美しく残っている、建築も美しい。 そして二つが互いに溶けあっている点は他に比を見ないと云って差支えない。 今の奈良は昔の都の一部分に過ぎないが、名画の残欠が美しいように美しい。」 志賀直哉「奈良」
ひとのひとりひとりの心には、煮え沸ぎるような情や想いが潜んでいても、世の風はそれらの微妙な起伏にかまわず、非情な冷酷さで、一吹きに整理してしまうものだとも、ウメはそのとき思った。
いつもと変わらないでいるってのはな、そう大儀なことじゃあないんだ、変わらないでいたことが結果としてえらく前向きだったと後からわかってくるような暮らしを送るのが難しいんでな