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2016.04.16 Saturday
author : 靄
小馬徹『文化を折り返す―普段着でする人類学』
JUGEMテーマ:読書

本書では、この「異文化の学」としての文化人類学の方法的な特質を損なわずに、しかも自らが生まれ育った文化そのものへと視線を折り返す試みをしている。それは、日本文化そのものの斬新で且つ深い理解に役立つ学問へと文化人類学を回転させようとする構想でもあり、この目的に資するだろう論考を幾本か編んでみた。


「味噌買橋」についての考察があるというので手にしたこの書、非常に面白かったです。

飛騨高山の民話「味噌買橋」については、櫻井美紀氏が経緯を明らかにされたように、イギリスの話「スワファムの商人」の翻案作品が民話化したものだということで、すっきり納得していたのですが、この書ではそれは単に「伝播の経路を書誌的に点綴」しただけにすぎず、そこからさらに「人々が現に生きた歴史の文脈で」この翻案の作成やその受容について理解する必要があるのではと述べられています。そのためには、他にもいろいろ橋はあるのに、なぜ他ならぬ“味噌買橋”が舞台に選ばれ、民話として土地に根付いたのかを問うてみなくてはいけないのではと。

実は、「味噌買橋」の出現にほぼ10年先立って、まさにこの物語を地で行く、(飛騨最初の家具製造会社)中央木工の創立といういかにも劇的な出来事が味噌買橋の袂で起きてきた。しかも、小林の『郷土口碑伝説集』編纂時、同社設立に続く会社と町の至富への過程(曲木家具工業の地場産業化)が実際に着々と進行していたのである。


大正9年(1920)、「ブナの木でも使いようで立派な家具になる」という店先での客の話に興味を持った筏橋(味噌買橋)袂にある大野屋味噌店主、土地の有力実業家の一人である武田萬蔵は、曲木家具製作の技術を持つその客が自分たちを活かせる人を飛騨で探していると知り、木材に詳しい知人を誘って、飛騨山地の膨大なブナを原材料とする曲木家具製造業を始め、その結果高山は洋家具の国内最大産地へと変貌していったという事実があったのです。
翻案作成者である小林幹は、「味噌買橋」の話を“夢買長者伝説”の一つととらえていたらしく、“用途のなかったブナを用いて家具が作れるという話(夢)に投資した(買った)ことで、富を得た”という現代版夢買伝説がこの地の人びとに印象強く記憶されていたからこそ、この翻案が生まれたのであろうとのこと。ただの翻案ではなく、ちゃんと「生きた歴史」に繋がる物語だったのです。目から鱗というか、頭をガッツーンという感じ。

「橋は世界中どこでも、川の両岸を、そして象徴的には此岸と彼岸を繋ぐ新しい文化装置として人びとの強い関心を引いて幾多の伝説を生み出し、物語や映画の恰好の舞台ともなってきた。高山では、奇しくもそれを絵に描いたような目を疑う程の事件が味噌買橋の袂で現に起こり、町は足早に曲木家具の一大産地に変貌した。その命運の不思議に、高山に生まれて清美で育った小林幹が誰よりも深く感じて打たれ、万感の思いをこめてその記憶を「味噌買橋」伝説へと造形し、郷土の誇るべき伝説として学童に学ばせようとした。そう考えると、当時の「飛騨高山のエートス」がくっきりと浮かび上がって来よう。」

「むしろその話が表象、または代理=代表(represent)している大野屋の逸話の時代精神(思い切って「夢買」する英断とその天晴れな心意気)が高山の人々にとって「真実」(truth)であることを、話(のメタメッセージ)は伝えようとしていたのである。端的に言えば、「味噌買橋」の「現実性」(reality)を(地元の聴き手に)保証していたのは、他ならぬ味噌買橋という周知の固有名詞なのである。」


他にも興味深い考察がいっぱい。生まれた子どもに対する予言が実現してしまう話について、アフリカのキプシギス、古代ギリシャ、中国、フランス、中近東などの類話を社会構造にからめて考察し、さらに日本の「『託宣の避けられない実現』が破綻する話」である、予言に反して河童が子どもの命を奪い損ねる話を取りあげて比較されています。予言の破綻、絶対的な時間の支配から逃れえた理由が考察されていて面白いです。また、ここに登場する河童のように、“お人よしで間抜け”という蛇や龍などの他の水の神にはない性格付けをされた河童像が生まれた理由についても考察されています。

“オムスビの力”についての考察では、“水の女”との関わりがあって、おおっとなります。

日本では“斜め”には負の意味合いがあり忌避されてきていたという説に疑問を呈されている「斜め嫌いの日本文化」についての考察も面白かったです。

中でも特に面白かったのは、お子さんが通っていらした幼稚園でのクラスの命名システムが、トーテミズムを説くのにちょうどいい実例だったという話。クラス名は園を経営する寺の敷地内に創建当時には実際に棲んでいた(今はいなくなった)生き物の名前にちなんでいて、それはまさに「人間集団の(抽象的な)関係性をその外部である自然(主に動物や植物)の間に感じ取られる実態的な関係性と照らし合わせて、それと相同の仕方で表現している」トーテミズを体現するものだったのです。しかも園児とトーテムとの親密な関係までみられたり。こんな身近なことであっても、「文化人類学」的視線を向ければとても興味深いことが見えてくるのです。これぞまさに「普段着でする人類学」。
 
文化を折り返す―普段着でする人類学 (神奈川大学人文学研究叢書)
文化を折り返す―普段着でする...の他のレビューをみる»
評価:
小馬 徹
青娥書房
¥ 3,456
(2016-04)

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