評価:
![]() エドワード・ケアリー 東京創元社 ¥ 3,240 (2016-09-30) |
JUGEMテーマ:読書
「栓は開けるものであり閉じるものであり、小さな丸い扉なんだ。ふたつの世界を隔てる扉なんだよ」
「わたしたちの血のなかには大きな秘密が隠されています。不思議な不思議なものが。おまえはこの血から逃れることはできません。」
ロンドン郊外のフォーリッチンガム、別名フィルチング特別区にはロンドン中のゴミが集められた私有地があります。その巨大なゴミ山の真ん中には、大海原の中の孤島のように堆塵館と呼ばれる屋敷があり、棄てられた家具や資材で作られたその大きな屋敷の中には、ゴミから財を成したこの地の管理人、アイアマンガー一族が暮らしています。アイアマンガー一族には、生まれるとすぐに与えられる「誕生の品」を、いつでも身につけ、大切にしなければならないという決まりがあります。この物語の主人公の一人である15歳の少年、クロッド・アイアマンガーの誕生の品は“浴槽の栓”。他の者は、安全ピンであったり、ドアの取っ手であったり、片手鍋、灰皿など様々、中にはマントルピースであるために、生まれてからずっと部屋から出ることが出来ない者もいたりします。クロッドは、なぜかこれらの誕生の品が発する声を聞くことが出来ます。それらは皆、「ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード」だとか、「パーシー・ホッチキス」、「ヘンリエッタ・ニスミス」等々、それぞれ人名を連呼しています。誕生の品以外の身の回りのものの中にも同様の声を発するものが時々存在しています。
堆塵館には、純血のアイアマンガーの他に、使用人として働いている多くの純血ではないアイアマンガーたちも暮らしています。彼らは特別な地位についているもの以外全員「アイアマンガー」と呼ばれ、個人名を剥奪されています。ここでは彼らは名前だけでなく、不思議なことに過去をも失ってしまっています。彼らにも誕生の品が存在しますが、それらは金庫に保管されていて、一週間に一度しか触れてはいけない決まりになっています。
この堆塵館に、もう一人の主人公である赤毛で緑の瞳、そばかすだらけの丸顔の16歳の少女、ルーシー・ペナントが、アイアマンガーの血が流れているということで、孤児院から使用人として引き取られてきた時から、さまざまな騒動が起こり始めます。
複雑な堆塵館の内部や広大で恐ろしいゴミ山の様子、奇妙なアイアマンガー一族、物と人の不思議な関係、物が名前を連呼する謎、ルーシーの両親がかかった奇病等々、さまざまな事や謎が、ひょんなことから出合い、好意を抱きあうようになったクロッドとルーシーを通して、少しずつ明らかになってゆくとともに、あらたな謎もどんどん増えてゆきます。
ルーシーが実はアイアマンガーの血が流れていないことが判明して追われる身になった際、クロッドは、特別な能力を持つ選ばれたものとしてアイアマンガー一族のために全力で奉仕することを求められていたにもかかわらず、一族よりもルーシーを選びます。その結果……。
とっても久しぶりのエドワード・ケアリーです。私は『望楼館追想』以来なので、約12年ぶり?あ、『もっと厭な物語』内の短篇読んでるから、2年ぶり?でも、気持ち的にはやっぱり12年ぶり。この物語もまた、『望楼館…』同様不思議な舞台で奇妙な登場人物たちが織り成す物語ですが、児童書として書かれているそう。著者による挿絵までついているのが素敵。「子供向けのほうが自由に書けるような気がするときがある」と著者自身仰っているように、舞台の不思議度も登場人物たちの奇妙度もぐっとあがって、のびのびと奇妙な物語が描かれている感じがします。でもちゃんとボーイミーツガールありのハラハラドキドキの冒険譚になっています。大人の私も夢中になって読んでしまったうえ、今は先が気になって仕方がないです。
捨てられたものたちが荒れ狂う世界の真ん中に君臨するアイアマンガー一族の物語はどこへ着地するのか、絶望的な状況に陥ったクロッドとルーシーの運命はどうなってしまうのか、まったく外に開かれていなかった物語は今後どうなってゆくのか、ものすごく気になるので、なるべく早く2部を出版していただきたいです。
「わたしたちは大丈夫。きっと大丈夫。もしあなたがいなくなっても、わたしがきっと探し出す。どんなことがあろうと。わたしがあなたを見つけだす。わかった?」